何?と思えないことは、聞いていて眠いし、聞くことができない

昨日バイト先で、教育と効率よい学習のギャップに関する話題が出た。
思いっきり意訳すると、

「何で教壇の先生が話している言葉が耳に入らないんだろう。
定着しないんだろう。家に帰って復習する気にも、予習してくる気にもな
らないんだろう。」

みたいなこと。

問題はいくつかに分けられそうだけど、
「何で教壇の先生が話している言葉が耳に入らないんだろう」
についてだけ考えてみる。

結論だけ先に書くと、
「耳に入れるためには、短く概要を説明して何となく分からせたら、
いきなり問題をぶつけることで、解決できるんじゃない?」
ということになりました。

さて、「何で教壇の先生が話している言葉が耳に入らないんだろう」とい
う、世の中の先生が悩んでいるかもしれない問題がありますね。
これって、「何で自分と関係のない技術文書は読んでいて眠くなるんだろ
う」という疑問の解が、そのまま当てはまりそう。

私は、自分と関係のない技術文書を読むときには、
以下のようにすれば良いと思っている。
偉そうなことを言ったけど、実は、つい2週間ほど前に気がついた。

以下は気づいたときのメモ。

いくら、自分に関係ある、と口先で言っても脳みそは別。
脳みそが立ち上がって作業を開始するためには、
ウォーミングアップをさせて(概要読み)、
いきなり実践にほうりこむ(実例や評価を読む)のが、
良いという結論。

脳みそは意味不明なことを解決しようと頑張るものだけれど、
そもそも狙いが分からないことについては、
意味不明であることも認識できない。
初めに、狙いを教えて意味不明なことをぶつける。
それからやっと吸収が始まる。

同じことを繰り返し書いているけれど、
これって「習うより慣れろ」とか、そういうことかな。

そんな考えを、教育に持ってくると、
学生を教えるときに、そもそもの生い立ちから話したり、
細かな規約やルールから話しても駄目かも、と思ったりする。

どんなに優しくても、たとえばプログラムを教えるときに、
「変数にはint型とdouble型があって」、とか
最初から言っても分かってくれないのではないか。
あ、そうすると、ほとんどの入門書って何だろう。
それは後で考える。

いきなり問題と解答を渡してみたり、
プログラムを打ち込ませて実行してもらったりして、
「まぁ、そういう結果になるんだけど、
意味が分かりにくいところから順に調べていこうか」
と随時教える。
教えながら関連する項目について枝を広げるように教える。
最後にまとめて、バラバラだったことがまとまるようにする。

とか、そういう教え方や学び方の方が、
眠くないし早く身につく気がする。

そうか、入門書って言うのは、ちょっと分かってきたあとに、
バラバラに理解したことを統合するためにあるのかも。
ということは初心者は本当は入門書と同時に、
サンプル集(クックブックとか)を買った方が良いのではないだろうか。
そして、サンプル集から読んで、随時入門書に戻る。
これが自然かも。
サンプル集も頭から読むのは非効率で、
何か立ち向かう価値や必要のある問題とぶつかったときに、
サンプル集を片手に・・・というほうが効率がいいかも。

ただ、よくよく考えると、いきなり実践型の勉強は
半分くらいの学生さんが脱落してしまいそう。
大学は良いとして、小・中・高とか専門学校には厳しいかも。
そうすると効率は悪くても生徒が半分も脱落することがない、
頭からキチン型の勉強をするようになるのかな。

個人的には、いきなり実践型の方が、
初めは成果が出ないし脱落する子が多いだろうけれど、
できる子にとっては眠くならなくて楽しい授業になると思うな。
ついてこれない子が、しつこくやるうちに、
突然加速できるようなフォローをし続けることができないと駄目か。

あー、なんていうか、勉強とか教育って難しい。

投稿者:としのり  日時:23:59:59 | コメント | トラックバック() |