答えが一つではないという思考は、実は高度

[日記]

ふと、バイトをしている中で実感することは、
「答えが一つではない」という場合があることを、
意識しながら、ものごとを考えることは高度な思考だ、
ということです。

小学校、中学校は、だいたい何でも「答えは一つ」という世界で、
僕が小中学生のころは、多様性はあまり認められませんでした。
変わったことや、別の正しそうな答えを言うと阻害されちゃいがち。
たぶん、今はもっと認められていないのではないかと推測しています。

そんな世界から、「答えは無限にある」でも「最適と言われる解もある」
みたいな世界に放流されたときに、ついて行けなくて、
おぼれちゃう人も多いのではないでしょうか。

僕の体験だと、Aさんに問題を出し回答を求めた場合に、
回答してくれたAさんの考えを吟味し、
根拠を提示して否定すると、次の瞬間、
Aさんからは「わかりません」という答えが返ってくるのです。

Aさんから見て、たった一つしか存在しない解にたどり着いたのに、
その解を否定されたから、もう他に解は見つからない、
という思考過程なのではないか、思っています。

最初から最適解は見つからないと思いますが、
常に複数の解を、視点を動かしながら見つけ、
一番簡単な回答から検討して行くという姿勢が、
正しい結果を生むことが、わりと、多いと思います。

もちろん、本当に分からない場合も多いと思いますが、
分からないと、考えていない、は別物なので、
考えたうえで「わからない」という結論に至って欲しいものです。
また、自分もそうしたいと思います。

何が言いたいのかと言うと、今書いているこのエントリも、
沢山ある回答の一つなので、これが最適解なのを考えながら、
日々暮らさなきゃ駄目よ、ということです。なんだそれ。

投稿者:としのり  日時:23:59:59 | コメント | トラックバック() |